京都・錦市場に2026年9月1日、「伊藤久右衛門 錦高倉店」がオープンしました。
宇治のお茶屋として全国的に知られる伊藤久右衛門ですが、その始まりは宇治市ではありません。会社の公式沿革によると、1832年、田原村名村――現在の宇治田原町南で始まった茶業がルーツです。創業から今年で194年。新店の情報と、宇治田原から宇治、そして京都中心部へ広がった歩みをたどります。

錦小路通と高倉通の交差点にオープン
新しい錦高倉店は、京都の台所として知られる錦市場の東側、錦小路通と高倉通の交差点にあります。宇治茶のほか、抹茶を使ったスイーツ、京都土産向けの商品を扱います。
| 店名 | 伊藤久右衛門 錦高倉店 |
|---|---|
| 開店日 | 2026年9月1日 |
| 場所 | 錦小路通と高倉通の交差点 |
| 主な商品 | 宇治茶、抹茶スイーツ、京都土産など |
営業時間や休業日は変更される場合があるため、来店前に店舗公式ページで確認してください。
始まりは1832年、現在の宇治田原町南
伊藤久右衛門の公式沿革によると、江戸時代後期の天保3年(1832年)、初代の伊藤常右衛門・瀧蔵が田原村名村で茶業に携わったのが始まりです。場所は現在の宇治田原町南にあたります。
その後、二代、三代、四代へと茶づくりが受け継がれました。1952年には五代目の伊藤久三が宇治田原から宇治へ移り、宇治蓮華、現在の平等院表参道で宇治茶販売の店舗を構えました。
「伊藤久右衛門」という名前はどう生まれた?
会社設立時、代々受け継がれてきた「伊藤常右衛門」の名と、五代目・伊藤久三の「久」を組み合わせ、「株式会社伊藤久右衛門」と名付けられたと公式サイトは説明しています。
つまり、現在のブランド名にも、宇治田原で続いた家業の歴史が刻まれています。
創業地とのつながりは今も続く
宇治へ移ってから長い年月がたちましたが、宇治田原との縁が切れたわけではありません。公式サイトによれば、創業地の宇治田原では今も伊藤家に代々受け継がれる茶園で茶づくりを続けています。
その茶園の茶葉を使った「伊藤家茶園特製 かぶせ茶 宇治田原」も販売されています。商品名に「宇治田原」を掲げていることからも、創業地がブランドの重要な物語になっていることが分かります。
194年を年表で
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1832年 | 田原村名村(現・宇治田原町南)で茶業を始める |
| 1952年 | 五代目が宇治へ移り、宇治蓮華で販売店を構える。会社設立時に「伊藤久右衛門」と命名 |
| 2000年 | インターネット販売を開始 |
| 2026年 | 錦市場に錦高倉店をオープン。創業から194年 |
なぜ今、宇治田原の物語が価値になるのか
抹茶や宇治茶への関心が国内外で高まるほど、「どこで、誰が、どのように茶を作ってきたか」という背景が重みを持ちます。錦市場の新店を入口にブランドを知った人が、創業地の宇治田原や今も続く茶園に関心を向ける可能性があります。
宇治田原町は、日本緑茶発祥の地として永谷宗円の物語を伝えてきました。伊藤久右衛門の194年もまた、この町の茶文化が京都・宇治、さらに全国へつながってきたことを示す一例です。
写真について
この記事では、著作権に配慮し、伊藤久右衛門の店舗写真やロゴを転載していません。新店の外観・商品は公式ページでご確認ください。
最終確認:2026年9月7日