日本の緑茶は、この谷から。湯屋谷・永谷宗円生家を歩く

1738年、永谷宗円が湯屋谷で「青製煎茶製法」を編み出しました。焙炉跡が残る生家は土・日・祝のみ内部見学可、維持管理協力金100円。日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」の構成文化財です。

湯屋谷にある茅葺き屋根の永谷宗円生家の外観
湯屋谷の永谷宗円生家(2018年8月撮影)/写真:Hunini(Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0)

基本情報

名称
永谷宗円生家
場所
京都府綴喜郡宇治田原町湯屋谷空廣

「日本緑茶発祥の地」。宇治田原町を紹介するとき、必ず出てくる言葉です。その発祥がどこかと言えば、町の南東にある湯屋谷(ゆやだに)地区。いま私たちが当たり前に飲んでいる緑色の煎茶は、この谷でひとりの茶農家が生み出した製法から始まりました。

1738年、「青製煎茶製法」が生まれた

永谷宗円(ながたに そうえん)は、隠元禅師が伝えた「淹茶(えんちゃ)法」に着想を得て、新芽の茶葉を蒸し、焙炉(ほいろ)の上で手で揉み、乾燥させるという工程を編み出しました。1738年(元文3年)のことです。これが日本固有の宇治製法「青製煎茶製法(あおせいせんちゃせいほう)」で、色・香り・味のそろった「煎茶」が誕生しました。

それまで庶民が飲んでいたお茶は、茶色く煮出したものが中心でした。緑色で、香りが立ち、甘みのあるお茶。いまの日本茶の姿は、ここが起点になっています。

焙炉跡が、そのまま残る生家

永谷宗円生家は、宗円が暮らし、明治期まで永谷家があった場所に、1960年(昭和35年)、地元の有志によって再建されました。宇治田原町の文化財に指定されています。

建物の内部には、製茶に使われた焙炉の跡が当時のまま保存されています。映像で製法と宗円の足跡を知ることもできます。当初の家屋は母屋のほかに製茶小屋や倉庫を備えた大規模なもので、敷地は隣接する茶宗明神社の横まで及んでいたとされ、いまも一部残る石垣にその名残があります。

見学の条件

内部見学は土・日・祝日のみ。維持管理協力金は100円です。平日の見学やボランティアガイドについては、宇治田原町役場 産業観光課(0774-88-6638)へ問い合わせが必要です。

隣に鎮座する、茶宗明神社

生家のすぐそばには、茶宗明神社(ちゃそうみょうじんじゃ)が鎮座しています。宗円の功績をたたえ、全国の茶業関係者が訪れる社です。町の人にとっては見慣れた場所かもしれませんが、日本茶の歴史のなかでは特別な位置にあります。

日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」の一部として

永谷宗円生家は、日本遺産「日本茶800年の歴史散歩〜京都・山城〜」の構成文化財です。宇治から和束、南山城へと続く茶の物語のなかで、湯屋谷は「煎茶が生まれた場所」として位置づけられています。町の外から人が訪ねてくる理由が、ここにあります。

歩き方と、地域へのお願い

車で向かう場合は、国道307号から宇治田原郵便局前で湯屋谷地区に入り、「宗円交遊庵やんたん」の駐車場に停めて徒歩約15分。公共交通の場合は、京都京阪バスで「維中前」まで行き、コミュニティバスに乗り換えて「湯屋谷」下車、徒歩15分です。

ただし、このコミュニティバスは地域の足として自主運営されているものです。乗務員の案内にしたがい、住民優先の乗車にご協力ください。乗車できない場合はタクシーの利用が案内されています。

湯屋谷は観光地である前に、人が暮らす集落です。細い道での駐停車、私有地への立ち入り、住宅や住民が写り込む撮影には配慮をお願いします。

基本情報

名称永谷宗円生家(ながたにそうえんせいか)
住所〒610-0221 京都府綴喜郡宇治田原町湯屋谷空廣
内部見学土・日・祝日のみ
維持管理協力金100円
問い合わせ宇治田原町役場 産業観光課 0774-88-6638
再建1960年(昭和35年)/宇治田原町指定文化財

※開館日・料金は変更される場合があります。訪問前に町の公式情報をご確認ください。

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SOURCE

情報元

宇治田原町 観光情報サイト

WRITER

UJITAWARA-TSUSHIN

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